ぐだおは考えた

医師の育成に1億円かかるという都市伝説を検証してみる

投稿日:2018年8月17日 更新日:

こんにちは、ぐだおです。

医者の育成にはいくら必要か?

今日はひょんなことから、「医者を一人育成するのには1億円かかる」、という私も盲目的に信じていた都市伝説を検証してみようと思ったので、それについて書いていきます。なぜ検証しようと思ったのかという理由を書いていったら長くなってしまったので、興味のない方は前半は飛ばしてください。

なぜ女性医師が増えると困るのか?

時事ネタになってしまいますが、先日、東京医大の不正入試問題に関連して、女子受験生の点数を下げるという男女差別的な不正が行われていたことが明らかになり、大きなニュースになりました。この不正の動機は識者の意見をまとめると概ね以下のように考えられます。

  1. 中堅以下の医大は外から研修医が来ないので、内部の出身者によって医局を回す必要がある。
  2. 女医が増えると外科などの激務かつ男社会の診療科の医者が減り、医局を回せなくなる。
  3. そもそも女医は、出産・育児などで一時的に離職することがあり、医者の総数が足りなくなる。
  4. 結果的に今と同レベルの恵まれた医療環境を国民が享受できなくなってしまう。

これらの問題があるとして、じゃあどう解決したら良いのかと考えると「女性医師が増える分だけ医者の総数を増やして男性医師の数が減らなければ良い」となると思います。
そうなると、医師の希少性が失われて今の弁護士のように食えない医師というのが生まれる可能性もありますが、おそらく医師の育成はそんなに大幅には増やせないのでそこまで問題になることはないでしょう。多少、収入は減るかもしれませんがね。
医師の数を増やした時に今までと同様のクオリティコントロールができるのか?という問題もありますが、受験の難易度は総じて上がっているみたいなので、医学部の教育体制さえ整えればこれも対応可能かなと思います。

医師の数は増加しているのか?

戦後に人口の増加に伴い医師の数を増やしたために、(死ぬ人より新たに医師になる人のほうが多いという意味で)医師の数の絶対数は増加し続けていますが、医局の維持において大事なのは若手の医師の数になります。
では、若手の医師の数=医学部の定員を増やすのは現実的なのか?
実際に文科省は医学部の定員をここ10年ほど増やし続けています(参照:文科省のページ*PDF注意)。以下はこのPDFファイルのデータのグラフを一部切り出したものです。

このデータによるとここ10年で定員は7625->9419人と20%以上増加しているようです。ただ、この定員増の理由は、1)地方の医師確保2)研究を行う研究医の養成、となっており必ずしも女性医師の増加に対応したものではありません。実際に増加分のほとんどは地方枠の定員増であり、東京医科大学のように東京にある私立医大の定員はほとんど増加していません。

つまり、東京医科大学としては定員増が認められていないので、自身の系列の総合病院を回すには男女比率を維持する必要があるということになります。

医学部の定員を女性医師の増加を補える分だけ増やすことは可能なのか?

実際に女性医師の比率をデータで見てみると、その比率は伸び続けており(参照:厚労省のサイト*PDF注意)、全体で20%、近年の医師国家試験の合格者の比率でいうと女性の割合は~35%です。元々が~10%程度であったことを考えるとこの伸びは、一つの私立大学では対応できないほどの変化を及ぼしていることが想像されます。

一方で、実はこの分の男性医師の減少を補うのに必要な定員増というのは~20%となります。つまり日本全体としては達成できている数字です。ただ、高齢化によりそもそも必要な医師の数が一時的にここ10年から今後10-20年程度は増大しているために、そのニーズに対応できていないと考えるべきなのかもしれません。

当然、東京医大は定員が増していないので、定員の増加によっては対応できないことになります。
ただ、私は専門外なので、そもそも東京医大が定員を増やしたいと思っているのか?、定員増の要望を出した時に文科省は定員増を認めるのかどうか?、といった点は全く分かりませんので、ご存知の方がいましたらお教えいただけると助かります。

ここでは話を少し絞って、医師の数を増やせば良いのではないか?、という意見に対してよく批判の理由として使われる、「医師を一人育成するのには1億円かかるが、それだけの負担増に同意できるのか?」という意見について次項で調べていきたいと思います。

医師の育成に1億円かかるという都市伝説を検証する

医師の育成に1億円かかるという都市伝説について調べている過程で、いくつかのブログ記事を参考にしたので以下にリンクを貼りました。

このブログによると、この都市伝説はジャーナリストの保坂正康氏の本に由来するようです。
実際に上記のブログで医師の育成にかかる費用が試算されており、抜粋して要約すると

学生一人当たりの経費が6年間で3,500万円。
6年間の授業料は国立大学で350万円、私立の授業料は平均で3,500万円となる。
私立大学の授業料と上記の経費は一致するが、そもそも教育費用だけだと700万円。
国からの税金の投入は、大学や付属病院全体の維持や、世間の為の新たな治療法などの研究の為に使われている。
決して、医師一人を育成する為の税金投入ではない。

というわけで教育経費だけを算出すると6年間で700万円ということになります。
これは2007年の記事になりますが、現状でも大きく変わっていないと推測されます。

上記ブログではこのブログの議論を少し発展させています。

附属病院や研究施設が機能の一部として学生の教育をしていることを考慮すると、3割くらいは医師の養成費。
とすると、1633.3万円が医師の養成にかかっているということになる。
国立大学医学部の授業料は6年間で350万円程度なので、1633-350=1300万円程度の税金がかかっているということになる。医師1人あたり育成するのに1,300万円かかる。

ただし、このブログでは追記として、

一人前の医師になるには、6年の医学生、2年の研修医、3~5年程度の後期研修医を経る必要があります。
この期間に、先輩医師やコメディカルの方からいろいろと教わることになるのです。
一人の医師にかけられる膨大な時間を金銭として換算すると一億円は余裕で超えると考えられるのです。
〜〜〜
何でもかんでもお金に換算するのはあさましいといえるでしょうが、それほどに医師を育てるにはたくさんの人の労力が関わっているということになります。

とも書いてあります。専門家として一人前になるのには仕事を通して学ぶこともあるのでこの意見には賛同しますが、あくまで今は医学部への税金投入という面からは話を進めているので、ここでは一旦おいておきます。
ここでの結論は人件費のエフォートが3割として1,600万円、ということになります。


こちらは単純に運営費交付金を学生一人当たりで割っている結果で、単科の医科大学だと6年間で3,200-4,200万円となり最初のブログとほぼ同等の結論を導いていますね。

さらに最近バズっている記事でもう少し突っ込んで分析されていました。これが今のところ一番詳細な記事のようですね。

まず「医者を一人育てるのに1億円」説の根拠としては、以下の二つが挙げられていました。

根拠のようなもの1:(社)日本私立医科大学協会の「医学教育経費の理解のために」
立派な先生たちがおっしゃっている医師一人の養成にかかる「税金」の根拠は、(社)日本私立医科大学協会が毎年出している「医学教育経費の理解のために」辺り。

この冊子によれば、私立医学部1年あたり140億円の予算が必要で、医学部定員(私立は学年140程度)で割ると、医師1人養成するのに1億円以上のお金が必要。私立医学部では平均すると医師養成費用の15%が国のお金で賄われており、国立医学部ではその予算の80%が国のお金で賄われている。このことから、国立医学部では1人当たり8,000万円の国のお金が使われると計算される(らしい)。

根拠のようなもの2:医科大学の財務諸表の経常費用

どこの病院や大学でも財務諸表は公表されています。もちろん医科大学でも。で、その中で、国から大学に支払われるのが運営費交付金と補助金(=税金)。

支給される運営交付金と補助金は、大学によって少しずつ違うんだけど、単価の医科大学をみる限り「運営費交付金+補助金』の合計はだいたい45億円〜55億円。これを医学部定員で雑に割ると(単科の医学部には看護学部も併設されてされているが、看護学部に1円も使わないと仮定して)国公立医学部では1人あたり、5,000万円の国のお金が使われると計算される(らしい)。

ただ、ここまでの議論を見てきた方には明らかなように、医学部の予算には病院運営や研究などの予算も含まれていて全てが教育経費な訳ではありません。というわけで、このブログ記事でも財務諸表を詳細に解析しています。
まず、一つ目の運営交付金と補助金からの算出結果の結論として、

  • 医師1人養成するのに6年間で2,574万円(医学部医学科生だけに使われるのなら4,612万円)の「運営費交付金+補助金(税金)」が、大学に支給されている
  • エンジニア1人養成するのに4年間683万円(学部生だけに使われるのなら2,102万円)の「運営費交付金+補助金(税金)」が、大学に支給されている

二つ目の財務諸表の分析結果の結論として、

  • 医師1人養成するのに6年間で、2,759万円(保健看護学生+大学院生もカウントすると1,540万円)の「教育経費、教育研究支援経費、教職員人件費(教育費)」が使われる
  • ちなみに医学部の人件費を除外して、教育経費と教育研究支援経費だけなら6年間で、569万円(保健看護学生+大学院生もカウントすると318万円)
  • エンジニア1人養成するのに4年間2,931万円(大学院生もカウントすると951万円)の「教育経費、教育研究支援経費、教職員人件費(教育費)」が使われる
  • ちなみに工学部の人件費を除外して、教育経費と教育研究支援経費だけなら4年間で、918万円(大学院生もカウントすると298万円

ただ、この記事では医師が書いているだけあって医師に有利な解釈に則って書かれていると感じました。

他にも、この記事のあとがきに書かれている

全国に国立大学医学部は42あり、29,640人の国立大医学生がいます。1人あたり8,000万円投入すると約2.4兆円。この都市伝説が正しければ、文教&科学振興の国家予算が5.3兆円ですから、その45%が国立大医学生「だけ」に使われてることになる。ちょっと考えれば、その荒唐無稽っぷりは分かりそうなのものなのに。

の中で本来一人当たりは6年間での額なので、ここでは6で割って0.4兆円で7.5%が正しい数字となるはずですし、自己を正当化するような思惑がどうしてもみてとれます。

そこで普通の理系大学出身者として、上記記事を元に個人的な見解を踏まえて再分析していきます。
まず、看護学部にかかる費用は便宜的に工学部と同等だと定義します。
次に、工学部の経費を算出していきます。東工大は日本のトップの工業大学であり、その使命は研究です。つまり、教員の主な仕事は研究であり、30%のエフォートで教育にあたっているとします。
これをもとに東工大の学生一人あたりの経費を算出すると(教育経費+教育研究支援経費+人件費X0.3=)129億円/13,149人となり、大体年間一人当たり100万円の税金が投入されています。

次に和歌山医科大学の結果を見ていきます。ここでは便宜的に上記二つの記事の間をとって教員がエフォート20%で教育を行っていると仮定します。
そうすると経費は(教育経費+教育研究支援経費+人件費X0.2=)38億円となります。ここから医学部医学科以外の経費4.75億円を差し引くと、おおよそ33.5億円になります。これを33.5億/600人ですので、大体年間一人当たり550万円の税金が投入されていることになります。つまり6年間で3,300万円ということになります。これに授業料が加わりますので、医師一人を育成するのには6年間で3,600万円程度がかかるということになります。あれ?、結局最初の記事とほぼ同様の結論になってしまいましたね。

おわりに

ここまで計算してきてお分かりのように、医師一人の育成にかかる費用は、医科大学の人件費のうちどれぐらいが教育に割かれているのか、の解釈によって大きく変わります。いずれにせよ、私立大学の授業料を考え合わせても6年間で3,000-4,000万円というのが妥当なところかと思います。この数字は1億円と比較すると少ないですが、それでも他の理系学部に投じられているお金を考慮すると十分に多額ということになると思います。
元々の医学部の定員増の話に戻りますが、国立に比べると私立への補助金の割合ははるかに少ないです。この場合、医師の数を増やすには税金負担が…論者は私立大学の医学部の定員を増やすという案についてはどのように思うのでしょうか?ただ、医師というのは専門性が非常に高い職業ですので、教育体制上どうしても急には定員を増やせないのかもしれません。それでも現状のデータを見る限り女性比率の増加をカバーするぐらいの増加は難しくないように思います。国の施策の行く末を決定する賢い官僚の方々は今回の一連の問題についてどのようにお考えなのでしょうか?では。。。

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