【書評】「狭小邸宅」 新庄 耕

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2012年に第36回すばる文学賞を受賞した本作は著者のデビュー作でもあります。ネット上の不動産クラスターにも評判が良いみたいなので、気になって読んでみました。

裏のあらすじをざっと読んで、悪徳不動産会社の話かと思いきや、都内の新築ミニ戸建の販売を専門に扱う不動産会社の話でした。まぁ、完全にブラックな職場なのは間違いないですが、悪徳ではなく”ごく普通の”不動産会社の話という印象。

小説なのか?、と思うぐらいの不動産業界のウンチクの数々。勉強にはなります。多少誇張もあると思いますが、不動産業界の人たちのレビューを見る限りどうやらある程度は事実であるらしい。

そしてあっという間に読み終わる分量、だが読後感は決してよくはない。朝の通勤時間に読んだのですが、完全に失敗でした。

総じて小説のプロットは普通ですが、登場人物の発する言葉にとにかく迫力があり、印象に残る名言の数々が素晴らしかったです。話も生々しいですし、登場人物たちの設定にリアリティが感じられ、ストーリーに入り込みやすかったですね。

というわけでここからあらすじです。

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本作の主人公である松尾は、フォージーハウスという不動産会社に勤める社会人2年目のサラリーマン。
“お坊ちゃん大学”である明王を出ており、「最もありえなさそうな奴が不動産屋やってる」と友人に言われるような主人公。
そんな松尾の営業成績は当然悪く、上司から怒られる日々が続いていた。
そしてついに恵比寿にある本店から駒沢支店への異動を命じられてしまう。
異動先の駒沢支店では営業二課に配属されるが、課長・豊川からはいきなり「お前、売れないんだってな」という一言。
そしてその通りに駒沢でもまったく売ることのできなかった松尾は豊川から「やっぱり駄目だな、お前は売れない。お前は売れないんだ。」、そしてトドメを刺すような言葉たちを浴びせられる。
松尾はあと一ヶ月だけ続けると決断し、その一ヶ月を売れ残った蒲田の物件に集中することにする、、、、
そんな松尾が奮闘する青春?小説です。
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タイトルの「狭小邸宅」はミニ戸建(ペンシルハウス)を揶揄した言葉。
ミニ戸建は20坪前後の狭い土地に建てられる狭小住宅で、容積を最大化するために建物は三階建てが基本です。当然庭もありません。正面から見ると鉛筆のように細長く見えるのでペンシルハウスとも呼ばれたりします。
都会に住む庶民が家を持とうと思ったらミニ戸建になるのは必然ですよね。50万円/m2はくだらないので、20坪でも土地だけで3,000万円です。建物入れたら5,000-6,000万円はします。地方都市のように60坪の敷地となったら、それだけで1億円します。庶民には手が出ませんね。

かくいう私も将来的には(5年以内ぐらいに)都内の地下鉄の駅近のミニ戸建を中古で買う感じになるのかなぁと漠然と考えています。仕事の関係で私が住むかどうかは分かりませんが、妻と子はそこに住むことになるでしょう。だから、候補地域の物件は定期的にチェックしてますし、ミニ戸建のデメリットもさんざん実物を見てきたのでいやというほど分かる。

  1. 三階建なのに基本的にトイレは二つなので、トイレのために階段の上り下りが必要になったりする。
  2. 建物の一階の半分はガレージ。
  3. 水回りとバルコニーが同じ階になかったりという不便さ。
  4. 隣と隙間なく建てられているのでプライバシーがなく、日当たりも悪くなりがち。
  5. 階段などのスペースの分、マンションよりも狭く見える。
  6. スペースがとにかくないので階段が急で、年寄りにはつらい。

冒頭で松尾が案内した顧客もミニ戸建の洗礼を受けることになります。

このように書き出せばキリがありません。それでもマンションと比べると、自分の土地があるという安心感と、上下階を気にする必要がない点、そして何よりも建て替えを含めたメンテを自分の思い通りにできるといったメリットもあります。
都内なので職場や学校の近くに住めるといった点と考えあわせても、庶民の希望に沿って生み出された「現代の家」というイメージです。

そんなミニ戸建を販売する不動産会社の営業はなかなかに厳しいようで、
新人や案内のない社員は看板を前後に首からぶら下げた、通称「サンドイッチマン」をやらされたり、
職場では、売れという意味で「ぶっ殺せよ」という言葉が飛び交い、さらには
胃痛を覚えるようなノルマ、体を壊さずにはこなせないほどの激務、そして挨拶がわりの暴力。”

学歴も経験も関係なく、どれだけ売り上げを上げたかで評価されるシンプルな営業の世界。”がそこには広がっています。

そんな主人公の対比として描かれる大企業に就職した同級生の圭佑や、厳しい不動産業界で働く主人公を心配する恋人の山口真智子などがアクセントとして登場しストーリーを盛り上げていきます。

そして豊川課長から投げかけられたこの言葉「お前、自分のこと特別だと思ってるだろ
痺れましたね。

以下はネタバレが続きますので、読む際は注意してください。

後半は、蒲田の物件が偶然売れてしまったことから、課のエースとして豊川課長からの直々の教育を受け、主人公がどっぷり不動産業界に染まっていく話になります。

そこで豊川課長から学ぶ、理論だった売るための方法論、案内の際に通る道路や鍵をとるための暗証番号の暗記などを基本として、何よりも、半田さん夫妻を相手にした
鮮やかな まわし かましの電話 からの本命物件
背筋がスーッとするような恐ろしさでした。思わず、ああ、これがプロの仕事か、と驚嘆しましたね。

そして変わっていく主人公。
豊川課長からの「惚れた女はやめとけ。この仕事に女は虚しい

主人公のかろうじて保たれていた危うい均衡が徐々に崩れていく。

学生時代の同級生との忘年会では
嘘なわけねぇだろ、カス。どんなにあがいてもてめぇらが買えるのはペンシルハウスって決まってんだよ。」とまで吐き捨てる。

そして再びの豊川課長からの「やっぱり駄目か」の重い一言。

そして物語は終局へ。果たして主人公はその後どういう人生を歩むのか、普通の精神・性格では耐えられない不動産の販売会社の厳しさを思い知らせてくれます。

最近話題のレオパレスとかかぼちゃの馬車とかを題材にした、新庄耕さんの小説というものもぜひ読みたいですね。
では。。。

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